公的年金法改正の全体像と注意すべきポイント

ネットで年金情報を見て理解できない男性

政府は4月14日から公的年金改正の国会審議に入りました。健康寿命の延伸、現役世代人口の急速な減少、長期間・多様な働き方が見込まれる社会経済の変化に対応し、年金制度の機能強化を目的とする法案提出の趣旨説明を行いました。

新型コロナウィルス感染症対策で多忙を極める厚生労働省に更に負担を強いることになり、検察庁法改正案と相まって「なぜこの時期に年金法改正審議を進めるのか?」と疑問の声も上がりましたが、5月12日衆議院通過、5月15日参議院審議開始し、今国会で成立する見通しとなりました。

公的年金の手続きや相談実務を担当する社会保険労務士が、今回の改正のポイント、改正後の被保険者や年金受給者の目線で注意すべき点についてご説明します。

目次

今回の年金改正の背景;なぜ今、改革が必要なのか

我が国の公的年金は「賦課方式」(=社会的な扶養制度)であり、現役世代の負担する保険料で年金支払いを賄っているのです。一部積立金の運用も行っていますが、積み立て方式ではありません。

積み立て方式による財源は、過去の財産価値ですから現時点の価値とは異なり、経済変動の影響で価値の低下が起こります。賦課方式は、現役世代の保険料を財源とするため、価値の減少は起きにくいのです。

少子高齢化が急速に進み、支え手の現役世代と受給世代のバランスも変化。給付額を維持するためには保険料負担の増大、年金の減額等も必至な情勢が危惧されるようになりました。

財政再計算から財政検証へ;年金制度の持続可能性

年金給付水準を一定に保つことを前提に、年金保険料の引き上げ計画を5年毎に作成していました。財政再計算です。同時に給付と負担を見直す年金制度の改正も行ってきたのです。しかし、少子高齢化が急激に進み、従来の保険料引き上げに歯止めが掛からなくなりました。

平成16年、抜本的な改正を行いました。

  • 保険料率は引き上げるも上限を決め固定する。
  • 基礎年金の国庫負担率を2分の1へ引き上げる。
  • 積立金の活用。
  • マクロ経済スライドの導入;年金給付水準を自動的に調整する仕組みの採用。

財政再計算は行わず、長期的な年金財政の現況と見通しを作成、年金財政の健全性を検証する「財政検証」を5年毎に行うことになりました。

社会保障と税の一体改革

社会保障と税の一体改革で、社会保障制度改革推進法が成立。同法により設置された社会保障制度改革国民会議が開催された。公的年金について①マクロ経済スライドの見直し、②短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、③高齢者の就労と年金受給の在り方、④高所得者の年金急の見直し等が議論された。

平成25年8月に報告書が作成される。財政検証については、「一体改革関連で行われた制度改正の影響を適切に反映することはもちろん、単に財政の現況と見通しを示すだけでなく、上記に示した課題の検討に資するような検証作業を行い、その結果を踏まえて遅滞なくその後の制度改正につなげていくべきである。」と指摘された。

その後成立した持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律でも、同内容の事項について「検討を加え、その結果にもとづいて必要な措置を講ずるものとする。」と明記しました。

平成26年財政検証・オプション試算;年金の未来とは

これを受けた平成26年財政検証では、一定の年金制度改正を行った3つのケースの試算を公表したのです。これがオプション試算です。

  • マクロ経済スライドの仕組み見直し;物価・賃金の伸びが低くても発動した場合
  • 被用者保険の適用拡大を実施した場合
  • 保険料納付期間の延長と受給開始年齢引き上げを行った場合

平成28年「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律」が成立。①501人以上の企業等で働く短時間労働者への適用拡大、②年金額の改定ルールの見直し(マクロ経済スライドの未調整分の翌年度以降繰り越し=キャリーオーバー制度)等の改正を行った。

平成31年財政検証・オプション試算

平成31年財政検証の結果は、前回財政検証と同程度(50.8%)の所得代替率(現役男子の手取り収入平均額に対する年金額の比率)となりました。被保険者数の増加と積立金運用利回りが上昇し、物価・賃金上昇率の低下分を埋め合わせたことが要因だと考えます。

オプションA被用者保険の更なる適用拡大、オプションB保険料拠出期間の延長受給開始時期の選択と2つのテーマで試算を行った。全世代型社会保障会議中間報告が述べた具体的な方向性を踏まえ、社会保障審議会年金部会で議論され取りまとめられ提出されたのです。

短時間労働者に対する厚生年金保険の適用拡大;新たな枠組み

公的な世代間扶養としての年金制度の支え手を増やし、国民年金加入者と厚生年金加入者の年金受給額格差の解消も視野に行われるものだと考えます。

現在の厚生年金加入要件

厚生年金保険法では、加入しなければならない事業所が決められています。適用事業所といい、使用される70歳未満の方は厚生年金保険に加入することになります。

パートタイムで働く方でも、1週間の所定労働時間および1月間の所定労働日数が通常の労働者の4分の3以上ある場合、厚生年金加入しなければなりません。(2月以内の期間だけ働く人は除きます。)

ただし、常時501人以上の厚生年金加入者がいる適用事業所(特定適用事業所と言います。)では、次の4つの要件すべてを満たす方は厚生年金に加入義務が生じます。

  • 週の所定労働時間が20時間以上あること
  • 雇用期間が1年以上見込まれること(1年未満でも雇用契約書で契約更新されることが確実な場合も含む。)
  • 月額賃金が8万8千円以上であること
  • 学生でないこと

特定事業所は、常時500人未満でも、国または地方公共団体の事業所。労使合意により特定事業所の適用を受ける旨申し出た法人や個人の事業所も含まれます。

企業規模・被保険者数による適用拡大は段階的に実施

短時間就労者に対する厚生年金加入要件の拡大は、次のように段階的に実施されます。

501人以上から101人以上へ

令和4年10月から実施、対象者は45万人増。

101人以上から51人以上へ

令和6年10月から実施、対象者は65万人増。

雇用期間は1年以上から2月以上からへ

現行は1年以上雇用が適用条件です。これが2月以上でもよいことになります。雇用契約で2月後に更新継続されることが明らかな場合やそのような雇用実績が認められる場合も含まれます。

このような雇用実態があれば、当初から厚生年金に加入しなければなりません。

適用業種の拡大

弁護士・司法書士・行政書士・土地家屋調査士・公認会計士・税理士・社会保険労務士・弁理士・公証人・海事代理士が適用業種となり、常時5人以上雇用していれば厚生年金加入手続きが必要です。

注意点
  • 個人事業のままだと、従業員は加入できても事業主は厚生年金加入できない。
  • 法人化すれば事業主も加入できます。

在職中の老齢厚生年金受給調整等の見直し

在職老齢年金とは、老齢厚生年金受給者の老齢厚生年金と標準報酬や賞与額が一定の額を超えた場合、老齢厚生年金額の一部または全額を支給停止する仕組みです。

老齢年金は、リタイヤ世代に支給されるものであって同時に給与等を得る場合、一定の収入額があるときは支給調整すべきだという考え方から始まったのです。年金財政上の判断もありました。

現状支給調整が行われる基準額は、65歳前が月額28万円(年336万円)・65歳後は月額47万円(年564万円)です。

在職中の厚生年金保険料納付実績を年金額に反映させる時期が、改正されます。

65歳前も現行の65歳基準額が適用、支給停止額の縮小

令和4年4月以降、在職老齢年金の支給調整額は、現行の65歳後に適用されていた47万円に統一されます。

支給調整額引き上げの恩恵を受けられるのは、令和4年4月1日に65歳未満の方=昭和32年4月1日以前に誕生日のある方です。国の年金支払額は増えますが、年金財政面におよぼす影響は少ないはずです。

65歳後の厚生年金加入実績の反映時期は1年毎の定時改定へ

現状、65歳または70歳時点。その途中で退職した場合、退職(厚生年金被保険者資格喪失)してから1月経過した時点(退職時改定と言います。)のいずれかで、受給権発生後から3つの事情に至る前月までの納付実績も含め年金額が再計算=増額改定されています。

令和4年4月改正後は、65歳以降在職者に限り、1年毎に再計算し翌月から増額年金を支給されます。

65歳前の在職者、65歳以降在職者が退職者は現状と同じ退職時改定となります。

年金額が1年毎に増額される改正は、年金受給者にとっては望ましいものです。しかし、在職老齢年金受給調整の見直し同様、年金財政面にはさほど影響しないと計算した上での改正なのだろうと思えてなりません。

配偶者加給年金の支給停止は毎月やっているんです。今までだって定時改定はできたはずです。
夫の厚生年金加入が20年以上、妻は20年未満のご夫婦を例にします。妻が年金を受給していても、夫が65歳または定額部分支給の翌月から夫に配偶者加給年金が加算されます。でも、妻の厚生年金加入が20年(240月)に達したら、その翌月から夫の配偶者加給年金は停止するのですから。

改正後に予想される手続き変更点
  • 加給年金の加算開始事由該当届の提出時期は定時改定時に行うこと。
  • 振替加算の停止事由(240月到達)届も定時改定時に。

加給年金は生計関係の確認も必要だから手続きは必要ですが、振替加算は離婚しても加算されるのですから手続きはしなくてもよいのではと思います。(振替加算漏れ問題は布石では?)

受給開始時期の選択範囲の拡大等;柔軟な受給オプション

本来の老齢年金受給開始は、特別支給の老齢年金は65歳前の支給開始年齢到達の翌月、老齢基礎年金は65歳の翌月です。

60歳から65歳までは繰り上げ請求が、65歳後は繰り下げ請求が70歳を上限に認められ、ご自身で受給開始時期を選べました。

改正により、繰り下げ年齢上限が75歳に拡大、繰り上げに伴う減額率が引き下げられます。

75歳まで受給開始年齢上限を引き上げ;長寿社会への対応

改正後は、繰り下げの上限が70歳から75歳へ拡大されます。繰り下げ希望者が70歳を過ぎた時点で繰り下げを止めた場合、申し出た5年前の時点の割増率で遡って支給されます。変更はそれだけです。

年金割増率はひと月当たり0.7%のままです。繰り下げ中の方が死亡した場合、遺族年金の額は65歳時点の老齢年金で計算される点は変わりません。

現在繰り下げて年金を受給している人は1%台だそうです。割増率、厚生年金加入上限も70歳に据え置きのまま、平均寿命も考慮すれば利用者は増えないと予想するのは私だけでしょうか?

繰り下げの注意すべき点も変わらず!
  • 増額(84%)しても受給しなかった期間の年金を受け取る(回収できる)までには、およそ12年(87歳頃)後は変わらない。
  • 老齢年金は課税対象、医療や介護保険の負担額も増えたら年金の手取り額はどうなるか?
  • 繰り下げ期間は、加給年金と振替加算が支給されない。
  • 遺族年金は65歳の割り増しされない額を基に算出される。
  • 年金受給時期の選択肢が広がったと言っても、家族の死亡や障害によって繰り下げは出来なくなる。

繰り上げ減額率の引き下げ

60歳時点で老齢年金の受給資格を満たしている方は、本来の支給開始年齢に先立ち老齢年金の請求が可能です。これを繰り上げ請求といいます。

早めて受給できるためひと月当たり0.5%減額されますが、改正後は0.4%に引き下げられます。(上限30%が24%へ)

繰り上げ請求は、60歳以降の収入が少ない方ばかりではなく、比較的年金額の多い公務員の方もいらっしゃいました。65歳後の課税や介護保険料等の支払額を考慮された上での判断ではないでしょうか。

減額率の引き下げは、従来よりも受給額が増えるように受け取られることも想定されます。繰り上げ受給希望者が増えるのではないかと思います。

その他の改正

年金手帳の廃止

令和4年4月施行。情報管理システムにより手帳存続の意味がなく、事務コストを2.7億円削減できることが理由。基礎年金番号通知書が代わりに送付されます。基礎年金番号を確認する資料としての利用は可能です。

全額免除対象者に未婚のひとり親も

令和3年4月施行。現在は、地方税法で定める前年所得基準以下の障害者と寡婦を対象者としているが、未婚のひとり親等を追加する。学生納付特例は令和3年4月から、全額免除・納付猶予は令和3年7月から実施されます。

脱退一時金の見直し

令和3年4月施行。脱退一時金支給対象とされる被保険者期間は3年とされるが、出入国管理法では在留期間が5年に引き上げ改正されたことから5年に変更するもの。

年金生活者支援給付金の所得・世帯情報照会対象者の見直しなど

交付日に施行。法施行後は受給資格者だけしか対象とならないため、前年よりも所得が低下し新たに支給対象となる方に対してはがき形式の請求書を送れなくなる。給付金の請求漏れの防止を目的に改正するものです。

厚生年金保険法における日本年金機構の調査権限の整備

厚生年金の未適用事業所に対し、事業所への立ち入り調査も認める改正を行うもの。現在は、適用事業所のみに認められ、未適用事業所へは任意の指導等に留められている。厚生年金適用拡大を補う、適用の充実を図る趣旨の改正といえるものでしょう。

児童扶養手当と障害年金の併給調整の見直し

令和3年3月施行。現状、障害年金受給中のひとり親は、児童扶養手当の金額が障害年金よりも少ない場合は児童扶養手当を受けられない。改正後は、児童扶養手当から年金の子の加算額との差額を受けられるようになります。また、国会審議で2人以上が児童扶養手当を受けられる額が、1人の場合に受けられる児童扶養手当の額を下回らないことにする旨の修正が加えられた。

年金担保融資の廃止

年金受給権を担保に小口の資金貸し付けを行う制度だが、利用者の困窮化を招くとして閣議決定等により令和3年度末で新規申し込みを終了するもの。

改正への私見

厚生年金の適用拡大

年金財政の健全化、給付水準の引き下げ抑制、国民年金給付との格差是正の切り札とも言える政策的課題といえます。今後とも規模要件や業種制限は更に拡大されるべきです。

75歳繰り上げ可能

厚生年金加入上限も70から75歳まで引き上げるべきではないでしょうか?

在職老齢年金について

撤廃し税で所得の再分配を図ればよいとの考えもあるでしょうが、年金財政面から維持されるべきと考えます。

まとめ

新型コロナウィルス感染症による影響を受ける中小企業、とりわけ飲食サービス業等の売り上げ減少の観点から厚生年金の適用拡大には慎重にならざるを得ません。しかし、新型コロナウィルスによる被害対策は救済・猶予措置等で対応し、あくまでも適用拡大は堅持すべきです。

公的年金の持続可能性と給付水準の維持に有益な適用拡大は、働き方改革の考え方とも共通するものだと考えます。

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この記事を書いた人

運営者の今成です。
障害年金に特化、サポート歴が15年の年金専門の特定社会保険労務士です。また、私は年金事務所の窓口で7年間各種年金の手続きの相談や受付を経験しました。

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